表現の自由を誰に求めるのか1~フランス新聞社襲撃事件に接して~

表現の自由。
なんだかとっても、高尚なヒビキです。

でも、表現の自由ってそんなにすごいものなの?

一つ、極端な例えをします。

あるところに3人の兄弟がおりました。
長男は穏やかで思いやりもあり誰からも愛される人物。
次男は頭がよく、物事を合理的に考える人物。
三男は短気で喧嘩っ早く、ちょっと人から敬遠される人物。
3人は性格も三者三様で、決して仲がよいとはいえませんでしたが、
それでもある事柄においてのみ、一致団結をすることができました。
それは、自分達を育ててくれた母親に親孝行をすることです。

そんな3人兄弟に対して、ある『口の悪い男』が、こうはやし立てたました。

「やーい、お前の母ちゃん、でべそ!」

この口撃に対して、長男は『口の悪い男』を諭しました。
 「私の母は、でべそではない。
 こんな発言はもう二度としないでください」

次男は、裁判所に『口の悪い男』を被告とする訴えを提起しました。
 「『口の悪い男』は母親に対して、謝罪と賠償をせよ」

三男は『口の悪い男』の胸倉を掴んで脅しました。
 「もういっぺん言ってみろ。その減らず口を二度ときけないようにしてやるぞ」

でも、『口の悪い男』は口撃をやめません。
なぜなら、『口の悪い男』にとって、この自らの毒舌こそが最大の売り。
これを理屈や訴訟、ましてや暴力を恐れて引っ込めるのはメンツに係わります。

しかし遂に三男がぶち切れます。
 「オレの母ちゃんを侮辱するヤツはゆるさネエ」
かくして、三男はその拳を『口の悪い男』に振り上げてしまったのでした。




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